ホーム母校の窓土屋卓也先生

愛媛大学理学部を退職するにあたり


数学・数理情報コース 土屋卓也  


早いもので、1990年12月に愛媛大学に赴任してから32年以上経ち、私もついに退職する日が来てしまいました。 

 若い頃はピンと来なかったのですが、いざ自分の番が回ってくると、「パワハラ・アカハラ・セクハラ騒動も起こさず、無事に退職できて本当にありがたく、めでたい!」という感じです。心苦しい点があるとすれば、生来の怠け者ですので、特に理学部の事務の皆様には、提出物の遅れ等で多大なご迷惑をおかけしたのではと思っております。どうも申し訳ありませんでした。

まずは、私を愛媛大学に呼んでいただいた愛媛大学名誉教授の山本哲朗先生に、心からの感謝を申し上げたいと思います。山本先生には、いろいろな場面で大変お世話になりました。特に数回の国際会議の開催のお手伝いを通して、国際会議運営のあり方を始め、研究者としての心構えなど多くのことを教えていただきました。九州大学でご指導いただいた藤野精一先生、メリーランド大学でのアドバイザー Ivo Babuˇska先生と共に、山本先生は私にとっての人生の恩師の一人です。

32年余りの愛媛大学での生活は、総じて楽しいものでした。私の専門は応用数学、特に数値解析学というものです。平たく言うと、「計算機を使っていかに精度良く効率的に方程式を解けるか」を研究する分野です。信州大学理学部の卒業研究では、微分トポロジーを勉強していましたが、抽象的で少し馴染めない感じを持っていました。信州大学を卒業し九州大学大学院に入るときに、「(企業に)就職するのに有利かも」という理由で応用数学を専攻することにしました。なんとなく選んだ分野ですが、偶然にも私の好みと能力にぴったりで、この分野を選んだのは本当に幸運でした。 私の研究分野の対象(の一つ)である数値シミュレーションとは、物理現象を支配する偏微分方程式を数値的に解くことです。その際、どのように微分方程式を計算機に乗るような有限次元の方程式に変換するか(このような操作を“離散化”といいます)を考える必要があります。そのためには、関数解析学を基礎とした偏微分方程式論を勉強し、さらに応用数学的な数値解析学を学び、その上プログラミングを勉強して実際に動くコードを書く必要があります。幅広い予備知識が必要で、最初は大変でした。しかしある程度まで勉強すると、数値解析学が純粋数学の多くの分野と関連していることがわかってきて、俄然面白くなってきました。

数学、特に純粋数学は高度に抽象的です。しかし、数値計算は基本的には加減乗除のみを使って、抽象的な対象物を“具体化・実体化”してくれることがあります。例えば、1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + … を計算してみると、200年以上前にオイラーが発見したように値はπ^2⁄6に収束していきます。知識としては知っていましたが、実際に自分で計算してみると何か不思議な感じがしました。以前何かの記事を読んでいると、かの大数学者ガウスは、何か新しい定理を発見すると必ず数値計算でその定理を確認していたと書いてありました。多分ガウスも、同じようなことを味わったのではないでしょうか。

 極小曲面などの偏微分方程式の解や特殊関数の特殊値など、多くの抽象的な対象が数値計算を通して具体化されていく過程や、また逆に数値計算のアルゴリズムの正当性や効率が抽象的な数学できちんと証明されていく過程がとても面白く、大変楽しい研究生活でした。またプログラミング自体もそれなりに面白く、自分に向いていたようです。 とはいえ、30年以上の大学生活はそれなりに山あり谷ありでした。研究が行き詰まることもありましたし、また学科長をやっていた時は、なかなか頭の中が「数学脳」に切り替わらず、論文が書けない時期もありました。しかし、時々は(単打ですが)ヒットを打つことができ、特にここ10年ぐらいは若い人たちと共同研究をして、とても楽しかったです。よくゆう共同作業で「ケミストリーが起こる」とはこういうことかと思いました。特に、2010年ごろからとても面白い研究テーマに出会い、充実した毎日でした。

 数学の研究は、パソコンと文献へのアクセスがあればできるので、退職後もこれまでの研究をこつこつと続けたいと思います。そしてあまり歳を取りすぎないうちに、自分の最近の研究を書籍などにまとめたいと思っています。やはり、多数の論文に散らばって書かれたストーリーを追っていくのは大変なので、多くの人に自分の研究を読んでもらうには、書籍にまとめた方がいいと思うからです。

 これからの日本や世界がどうなっていくのか、先行き不透明な状況です。しかし、このような状況でも、皆様のご努力で愛媛大学理学部の発展していくことを期待して、私の挨拶といたします。どうも、ありがとうございました。